上京したけど森だった話

~あるICU生のひとりごと~

スウェーデン留学記⑪:スウェーデンの大学~単位さえ取れればいいのか!?~

ぼちぼち続けてきたスウェーデン留学記も11回目です!(区切り悪っ)そしてスウェーデン渡航してきてから5カ月が経ちました!そしてそして2月ももう終わりますね、あっという間。

スウェーデンに関する情報だけだと他のサイトでも手に入るので、スウェーデンに来て個人的に感じた気持ちや考えたことなどを中心に書いています。

そんな中この前見たニュースで大学での学びとは、またスウェーデンの大学での学びって何だろう…?と考えたので少し書いてみたいと思います。

※この記事での「大学」とは学部という意味で受け取ってください!

授業の不正視聴

早稲田大学で「不可」100人以上 商学部で授業の不正視聴(フジテレビ系(FNN)) - Yahoo!ニュース

一旦スウェーデンから外れますが、このニュースをご覧になった方もいらっしゃるかと思います。オンラインの録画授業を複数同時に視聴したことで単位が認定されなかった、という出来事が早稲田大学であったようです。

このニュースだけでもとても考えさせられる内容なのですが、このニュースのコメント欄が個人的にはとても面白かったです。よく、ヤフコメは民度が低い、なんて言われますが、よくよく読んでいるといろんな考えの人がいてみていてとても面白いです。

そんなYahoo!ニュースのコメント欄で今回の出来事については、「内容を理解しているかどうかが問題じゃない?」「テストやレポートで理解を確認できればいいのでは?」という声や、「大学生にもなってそんなことをして、何を学んできたんだ!」「授業料がもったいないじゃないか」といったような声もありました。

 

大学は教育機関なのか、研究機関なのか

こういった議論や今回の事件?からわかることは、この記事のタイトルにある「単位さえ取れればいい」という考えが日本では否定的にみられることが多い、ということです。そして、それは大学は「教育機関」なのか「研究機関」なのか、という議論にもつながると考えます。

日本では大学は「教育機関」としての役割を多く備えている、もしくは大学に対して「教育機関」として大学生を教育することを求めている人が一定数いる、ということが今回のニュースのコメント欄からも分かります。いいか悪いかは別として、大学に行っておけばとりあえずなんとかなる、何とかしてもらえるだろうという考えがある人も多いでしょう。

大学が学生を「教育」する場なのか、それとも研究者が「研究」しその傍らで研究者の卵として学生を育成していく場なのか(もしくは「教育」するけれどもメインは「研究」でしかない場)というのはそれぞれの大学や国によっても考え方が異なり、一人ひとり違った意見を持っているかと思います。なので何が正解、というのはないのではないかと思っています。

とりあえず大学に行く、はよく批判されがちですが、そこで目標や学びたいことを見つけることもあるため必ずしも悪いことではありませんし、リベラルアーツの学部ではその側面が強いこともあると思います。例えばアメリカにあるリベラルアーツの大学では、大学院を持たず学部生の教育だけに力を入れているというところも多いみたいです。

... liberal arts colleges generally differ from National Universities by focusing solely on undergraduates – often offering few or no graduate programs – ... emphasizing teaching that prioritizes a broad base of knowledge over professional training (Moody, 2018)

What a Liberal Arts College Is and What Students Should Know | Best Colleges | US News

ICU国際基督教大学

ICUはどうでしょう?日本の中でリベラルアーツを掲げている数少ない大学ですが、大学院もあり教授は研究を行っているためその傍らで学生を教えています。そんなICUに私が3年在籍して感じるのは、ICUは「教育機関」としての側面が強い、ということです。教授は確かに研究を行っていますが、ほとんどの授業はかなり丁寧かつ緻密に構成され行われていると感じています。少なくとも私が受講したほとんどの授業では、「研究の傍らで教えてるんだよ」「これが本業じゃないんだよ」といったような雰囲気は感じたことがありません。

アドバイザー制度などもあり、教授がアドバイザーとして一人一人の学生に充てられます。学生は学期の初めに教授と先学期の成績などを話し合いながらその学期に登録する授業を相談できたりします。また、オフィスアワーとして各教授が1週間のうち必ずどこかで教授のオフィスを開放し誰でも教授を訪ねることのできる時間もあり、学生は教授に授業に留まらず様々な質問や相談をすることができます。

また、授業では出席に成績の大きな割合が割かれ重視されていたり、ただ出席するだけでなく積極的な参加(発言など)が求められていることも多いです。大っ嫌いなのですが、毎回授業後のコメントシートの提出があることでそれが質問の代わりになったり、否が応でもその日の授業を思い出すことになります。なので、内容の定着や批判的思考を育てることに繋がっているのと同時に「単位さえ取れればいい」わけではないということを示しているとも感じます。

日本の大学

ICU以外の日本の大学はどうでしょう?もちろん経験したことがないのでわかりませんが、リベラルアーツでなくても「教育機関」としての側面が大きいと感じます。学生が自発的に学んでいく場、といよりも課題をこなしていく場、という雰囲気が私の周りの友達を見ていて伝わってきます。(実際、私自身もそんな感じです笑)もちろん、学びたいと思って興味を持って授業を履修している人が大半だとは思いますが、そんな中でやはり課題がたくさん出たりするなどして結果として課題に追われるだけ、という本末転倒のような形になっていることが多いのではないでしょうか。

ICUの教授の中には、自分が学生の頃は今の大学生たちみたいにこんなにたくさん課題などがなかった、興味のある人や学びたい人が進んでそれを行っていく場でそのための時間もあった、だから私は最低限の課題しか出しません、興味がある人は自分で読んだりしてください、という教授もいました。このことからも、今の日本ではとりあえず課題を出すなどして学生に何かさせておく、学生を教える、教育する、という側面が強いように感じます。(もちろん、アメリカなどの大学に比べれば課題の量は可愛いものですが、その意味ではアメリカの大学なども教育的な側面が強いのかもしれませんね。)

スウェーデンの大学

ではスウェーデンの大学はどうなのか?個人的意見ですが、スウェーデンの大学は「単位が取れればいい」という考えが肯定的に捉えられているように感じます。

テストでパスさえすればいい

スウェーデンの大学の授業(Course)は大体、講義とセミナーで構成されています。中には講義しかないものもありますが、講義で学んだ内容をセミナーで少人数でディスカッションしたり実践してみるといった感じです。

この講義とセミナーですが、Obligatory(必修) とそうでないものがあり、必修でない講義やセミナーには出席しなくても良い、ことになっています。現在私が履修しているのは教員養成プログラムのうちの1つのコースであるため、ほとんどの講義やセミナーは必修なのですが、先学期履修していたコース4つでは必修の講義やセミナーがまったくありませんでした。つまり、課題を出して、テストを受けて、プレゼンテーションをして、パスさえすれば授業に全く出席しなくても単位がもらえる、ということです。

最初はとても驚きました。20人くらい履修している授業なのにセミナーに4、5人しかいなかったり。そのセミナーも教授が、何か質問ある?ないなら終わるけど?みたいなスタンスだったり。

授業に出ないなんて、不真面目だ!と思っていましたが、スウェーデン人の友達と話すと、「しっかり自分で勉強して課題を出してテストでパスできれば問題ないでしょ?」とのことでした。

 

そしてこの考えが肯定的に捉えられている要因の一つとして、「大学=研究機関」の要素が強いことがあるのではと考えました。スウェーデン人の友達は研究を行っていない大学のことを、「あれは英語ではUniversityだけどスウェーデン語では大学じゃない」などと言っていました。

教授との距離が遠い

スウェーデンの大学は「研究機関」だな~と感じた事例の一つとして教授との距離が遠いと感じることをあげます。これは個人的経験であって、他の授業では教授と話したりしていると言っている友達もいたので一概には言えないかもしれません。

ですが、私が履修した授業の1つでは友達がエッセイを書く際に内容について教授と議論したり教授の意見に興味があり話してみようとした際に、「私はあなたの試験官だからそれはできない」「疑問があるなら学生同士で話し合いなさい」と言われてしまいました。

質問があれば何でも聞いてね、とは言ってくれますがその質問は授業そのものの形式や課題の提出法などに関することであって、中身に対する議論などのことではないのかな、と感じた出来事でした。

また、授業を履修する際のコースリストなどにその授業を担当する教授の情報などが載っていません。そのため授業を履修する前に教授にコンタクトをとることなどもできず、学部のコーディネーターとしかやり取りできません。教授は研究をしてその傍らで教える人、そのほかの業務は違う人が行う。分業がしっかりしているのだな~と思う反面、やはり教授はあくまでも研究者なのだなと認識させられます。

これらの経験は私が受けた授業では、という意味で個人的なものです。友達が履修したジェンダーの授業ではエッセイを書く前に教授と面談があり内容を相談する機会が何度も設けられたりしたようです。学部やその教授の方針にもよるのかもしれませんが、少なくとも私が履修した授業とICUでの授業を比べる限り、遠いな~と思ってしまいました。

 

もちろん、日本の大学生も課題だけ頑張ればいい、単位取れればいいでしょ、と考えている人はたくさんいると思います。ただここで日本とスウェーデンが違うなと感じるのは、そのことに対する考え方やイメージです。日本では「単位が取れればいい=不真面目」、などと負のイメージがある一方で、スウェーデンでは単位が取れればいい、は割と普通で肯定されていることが多く、負のイメージがないという点です。

長くなってしまったので、スウェーデンで「単位が取れればいい」が肯定されていることについての「大学は研究機関だから」以外の理由や、そもそもなぜ研究機関としての色合いが強いのかについての考察はまた次回!

書いていてICUリベラルアーツについても改めて整理したり、日本の大学自体もっと知りたいなとも感じました。考えがまとまったらそちらも考察してみたいと思います。

読んでくださりありがとうございました(*'▽')